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Mar 19 2024

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『ふろがーる!』片山ユキヲ先生インタビュー 「主人公でなくお風呂が成長していく漫画です」

『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)に連載中の『ふろがーる!』。仕事のデキるOL・生実野早夜子がさまざまな入浴方法に挑戦したり、バイクで温泉地を巡っていく、これまでありそうでなかった「お風呂漫画」で、2016年3月には単行本第一巻が刊行されました。
ここでは「お風呂漫画」という新たなジャンルを開拓した作者の片山ユキヲ先生にインタビュー。その着想やお風呂に込められた想い、そして究極の入浴とは何か、といったことまで話が及びました。

--『ふろがーる!』のような、お風呂にハマりまくっている女子が主人公という漫画はありそうでなかったように思います。まずはお風呂をテーマにしようという着想についてお伺いできればと思います。

片山ユキヲ先生(以下、片山):まず1つに、入浴というものを改めて見直してもいいんじゃないか、と考えていたというのがありました。入浴は日本人として誰もがすることですし、できないことは結構苦痛ですよね。自分も仕事が忙しくなるとシャワーで済ませてしまうこともありますが、単純に清潔にするだけでなく、身体を温めるという健康的な効果もありますし、心もサッパリとさせて「ああ、一日頑張ったな」とか、気持ちもリセットできる。
日本には、菖蒲湯であったり桜湯であったり柚子湯であったり、季節のお湯がありますし、それを昔から楽しんで、ずいぶん大切にしてきたんだろうな、と。それも取り上げても面白いなと思いました。

--なるほど。『ふろがーる!』では自宅のお風呂の入浴方法から温泉地まで紹介していますが、毎回取材もなさっていらっしゃる?

片山:はい。ほぼすべてのお風呂に入っていますね。例えば桜の湯ならば、桜の木の枝を差して、桜の花びらもまいて、同時に桜の幹の皮を乾燥させて漢方薬で使われている桜皮も入れたりして、いろいろ楽しむようにしたら、とても大切な時間になって、自分自身も再発見しながらお風呂に入るようになりました。温泉も、行った先で必ず入るようにしています。

--そのようなネタはどのよう見つけていらっしゃるのでしょう?

片山:それは、担当さんと相談して「こんなお風呂ってあるよね」と考えながら、歴史を遡りながらですね。五右衛門風呂であったり、牧場でドラム缶に入るお風呂であったり、日本人って無茶なことをしてもお風呂に入る習慣がある。だから、それほどネタに困らず、かなり沢山出てきます。例えば「露天風呂」といっても、山間のものもあれば海沿いのものもあるし、四季のものや濁りの湯。それから湯治のような治療の一貫といてリフレッシュすることもあります。だから、あとは「早夜子がそれをやるかな?」ということを考えていますね。

--女性がお風呂に入るとなると、どうしてもエッチなイメージがあるものですが、まったくそういうふうなところを感じさせない絵柄になっているように思います。気をつけていらっしゃることはありますか?

片山:それは、気をつけているというよりは、どちらかというと自分の絵がそんなに煽情的でないというか……(笑)。今のアニメの絵のような洗練された美少女を描けるほうではないので、結果的にそうなっているのかもしれませんね。仮に男性読者にはサービスになっても、別にいいかなとは思ってるんですけど、さしてそちらの能力がないだけの話で、結果的に女性も読みやすくなっているんじゃないかと思います。

--主人公の早夜子さんについても教えて下さい。まず「生実野(おゆみの)」という姓は、「お湯」と当てていらっしゃるのだと思うのですが、実際にそういう性はあるものなのでしょうか。

片山:おっしゃる通りです。千葉県に「生実野」という地名があると聞いて、「お湯」との引っかかりにもなるだろうと、そういう名前にしました。

--あとは25歳で食品会社に勤めていて、神戸出身でアニメも好き、ということぐらいしか明かされていませんよね。食品会社というのは、前作『花もて語れ』の主人公ハナと同じですね。

片山:神戸出身というのは、自分がそうだからです。『花もて語れ』は朗読がテーマですが、読書にちょっと暖かい飲み物があるといいと、脇役的な存在としてハナの会社をコーヒーの会社にしました。今回の『ふろがーる!』では、グルメ漫画で食の文化が広がって再発見に成功したと思うので、それに対して今度はお風呂をサブに捉えて、食品のことは直接リンクせずにお風呂を楽しんでいるということにしようかな、と思っています。

--そういえば、早夜子さんがどうしてお風呂にハマっているのか、今のところまだ語られていませんね。

片山:そのうち語られることになると思います。『花もて語れ』では、ハナの成長譚にしようと思って、朗読の出会いからどんどんのめり込んで、技術も上がっていくだけでなく、社交的でない人間がだんだん相手に自分の気持ちや思いを伝えることに目覚めていくというという話になったんです。
『ふろがーる!』では、そういった成長譚ではなく、もう「お風呂が好き!」というところから、毎回テーマを決めて入浴法というライフスタイルを提示していくという形にしています。『ビッグコミックスピリッツ』には『アイアムアヒーロー』や『土竜の唄』といった大作がたくさんありますし、その中で箸休め的な存在にしようという意図もありました。

--なるほど。お風呂での早夜子さんは、彼女の性格が垣間見えるような気もします。必ず防水ケースにスマホを入れて、CDなんかも置いていますよね。

片山:そうですね。音響もですが、テレビも設置しているんです。あと、バスタブにつける枕もほんとうはあります。小さいので絵では見えないんですけれど。あとはバスタブに引っ掛ける形のテーブルですね。

--お風呂にハマっていくうちに、どんどん買い揃えてしまったみたいな。お風呂場だけリニューアルされているという自宅の設定も面白いです。

片山:ほんとうはちょっと裕福な家庭にするという選択肢もあるんですけれど、それだとうらやましいばかりの話になってしまうので。今回は割とリアルに、お風呂と水回りだけリフォームされている物件を見つけてきて借りているということにしました。お風呂を彼女の楽園にしようということですね。

--早夜子さんがExcelの表を見て、お猪口と徳利をイメージするというシーンがありますよね。なかなかそういう発想はしないと思うのですが、会社での早夜子さんも大事にされている気がしました。

片山:普段の仕事でも常にお風呂とリンクして考えている方が、ちょっとおかしなヤツになるかな、と思いまして(笑)。

--ほかのことは完璧にこなすのに、お風呂のことになるとどんどん妄想が広がっちゃう、みたいな。

片山:仕事を完璧にこなすのも、「ちゃんとやらなきゃ」という社会人の責任感もあるのでしょうけれど、5時には上がって、あとはプライベートの時間、食事から入浴、睡眠に至るまでをとても大事に、私生活をゆっくり楽しんで充実させる。そこを社会と隔離させるために、仕事をきっちりやっているんだと思います。

--第4話の「重曹風呂」もそうですけれど、やはり食べ物との関わりもありますよね。

片山:グルメ漫画が多いので、自分はお風呂でやろうと思いながら、実は隠れグルメ漫画かもしれませんね(笑)。

--それこそバイクの免許を取ってから、初めてのツーリングで甲府に行ってほうとうを食べるという話もありますよね。

片山:ええ。やっぱりメインはお風呂ですが、宿やグルメも大きな楽しみだと思いますので。先ほどの話とは矛盾するかもしれませんが、最初は家風呂からはじまって、友達ができてだんだん外に行こうとなって、結果的にお風呂自体がグレードアップして成長している。紀行漫画というよりは、そういうふうに考えていますね。主人公が成長しないで、お風呂が成長していくという(笑)。

--早夜子さんの場合、パーソナルな場としてのお風呂があって、そこから外へ飛び出していく中で、第14話の千葉の七里川温泉で「自分は遠慮して人を遠ざけちゃったりするけれど、ここは人と人の距離が近い」というように思うシーンがありますよね。心境の変化みたいなものが見えるような印象を受けました。

片山:七里川温泉の話は前後編で、16ページで1つの話なので、『花もて語れ』の癖なのかもしれないのですけれど、何かと出会ってちょっと成長するというのが癖のようにしてしまうんですね。でも、『ドラえもん』とか1話で教訓を学んだようでいて、次の回ではリセットされて忘れてしまっている。成長しているように見えて、即忘れてるという。実際の人間もそうなのかもわからないなと思っていて、一話一話で進んでいるようでいて、そんなに彼女は学んでいないのかもしれないですね。

--なるほど。片山先生の作品は、あまり恋愛の匂いがしないところがあって、『ふろがーる!』も今のところ早夜子さんが好きになる男子の気配はしませんが、そこは意識していらっしゃるんでしょうか?

片山:これも自分の癖として色恋が入らないほうが描きやすいんですね。あるいは色恋を入れることによって、何か不純な匂いが入ることを感じているのかもしれないです。仕事はきっちりやるけれども、本当にあとはもう自分の好きなことに熱中している女性というのを、描いてみたいというのがあるんです。あと、「LOVE」をテーマにしているものは多いですれど、どうしても「そんなのいいじゃないか」と。男も女も「LOVE」なしでも全然生きていけるっていうのを、強さみたいに感じてしまうんですよね。それが、なんか潔いようなイメージ。それでついつい抜いてしまうんです。

--恋愛はしなくちゃいけないような強迫観念が社会の空気としてあるような気がしますが、それとは関係なしに、個人の楽しみはたくさんあって、早夜子さんはお風呂の魅力にハマっていったということですね。

片山:そうですね。例えば一人焼肉とか、一人で花見というと、「寂しい」というイメージだったり、あるいは周囲の目線を意識してしまったり、そういうものは随分とよこしまな感じがします。その人がほんとうに楽しんでいるのであれば、一人で焼肉を食べればいいと思うし、それができるというのは、男女問わずその人の強さであるように思います。

--日本人は『百人一首』の時代から「寂しさ」を楽しむという文化がありますが、今のお話はそういうところに繋がっていると思いました。

片山:そう思って頂けるのであればうれしいですね。侘び寂びのような日本人独特の感性の豊かさ、例えば『雨月物語』の雨が降る向こうの月を思うみたいな感覚は、調べたわけではないのですが、たぶん海外にはないものだと思うんですね。侘び寂びはとても大事なものであると思いますし、それはお風呂であっても、一人でやることによって感受性が強くなるのではないでしょうか。
例えば菖蒲湯は、子どもの成長を願う意味がありますが、一人で入った時にそういったことを意識して、季節の移り変わりや古来からある伝統を大切にする。そういう気持ちも、通底するものがあるように思うんです。

--だんだんお話のスケールが大きくなってきたところで、これを最後の質問にします。これからも早夜子さんはいろいろなお風呂を体験していくことになるだろうと思うのですが、片山先生自身、まだ描いていない入浴法や温泉地で、3つ「これが好き」というものを挙げるとすれば、何になるのでしょう?

片山:うわ、どうしよう(笑)。1つはアイスランドの世界最大の露天温泉、ブルーラグーン。水着を着けて入浴するような、泥湯になっているところで、ワイルドさもありますね。
もう1つは、秘境温泉。自分で掘ってお風呂を作って、一番風呂に入っちゃうような。いろいろな書籍を読みましたが、硫黄のガスを吸わないようにガスマスクをつけて入るようなところもあるらしいですね。それも究極の入浴だと思います。
あとは、ほんとうに一番最初の入浴ということで、産湯。大人になると一人で入るようになってしまいますけれど、小さいコロは父親や母親と入って、身体も頭も洗ってもらって、目に水や石鹸が入らないように洗ってもらっていたといったものも、究極のお風呂なのでは、と。対極的なものになりましたが、この3つでしょうかね。

--すごく良いお話をたくさんお訊きできました。ありがとうございました!

片山先生よりお知らせ!

『ふろがーる!』第一巻 ビッグコミックス(小学館)より発売中。
第2巻2016年7月29日発売予定。

2016年6月1日より3日間、ドイツのハンブルクで行われるコミックイベント『ハンブルク・マグノロジー2016』にて
漫画のデモンストレーションやワークショップをします。

http://www.hh-mag.net/ [リンク]

『ふろがーる!』(ビッグコミックスピリッツ公式サイト スピネット)
http://spi-net.jp/weekly/comic056.html [リンク]

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記者プロフィール

ふじいりょう

乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営。ネット、メディア、カルチャー情報を中心に各媒体にいろいろ書いています。好物はホットケーキとプリンと女性ファッション誌。

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