『言の葉の庭』新海誠監督インタビュー「これまでの作品と違うのは主人公が“他人を知ろう”としている事」
『秒速5センチメートル』など美麗なアニメーションとセンチメンタルな物語が高い人気を誇るアニメーション監督・新海誠監督。5月31日には待望の新作『言の葉の庭』が劇場公開となります。
『言の葉の庭』は、新海監督が初めて現代の東京を舞台に描く恋の物語。靴職人を目指す高校生・タカオ(CV入野自由)が、ある雨の日に年上の女性・ユキノ(CV花澤香菜)と出会い、雨の日だけの逢瀬を重ねて心を通わせていくというストーリー。既に公開されている予告では、タカオがユキノの為に靴を作ろうと足型を取るシーンなど美しい映像を観る事ができます。
今回は、新海誠監督に作品作りから声優のキャスティング、脚本の為に学んだ「女心」まで様々なお話を伺ってきました。
――まず、本作の主人公タカオが靴職人を目指す設定であることに関して「物作りをしている少年にしたかった」という事ですがその理由を教えてください。
新海誠(以下、新海):10代の頃って、大学に行けば変わるかもしれないとか、東京に行けば変わるかもしれないとか、そういった事を思いますよね。そういう気持ちを一番象徴するのが物を作る事だと思うんです。小説家を目指している人だったら、ただ物語を書くのでは無く、人に読んで欲しいとか、人に認められたいという欲求があるわけだし、僕自身も作品を作り始めたきっかけは、誰かに触れ合いたいと思ったから。そうした他者に必死に手を伸ばしている少年を描くのに、“物作り”という設定は必要でした。
色々な職業のリストの中から、なぜ靴職人を選んだかというと、この物語にすごくはまったからなんですね。タカオに靴作りという設定を与えたら、靴は人が歩くことを助ける物だから、「歩き疲れたユキノを助けたい」というタカオの気持ちにも合っていて。
――タカオがユキノの足のサイズをはかるシーン、ノートの上に素足を置いて鉛筆で形をなぞる箇所は特に印象的なシーンとなっていますね。
新海:手も握ったこともない、それどころか名前も知らない2人が極限まで近づくシーンですね。15歳の少年にとって女性の足のサイズをはかるという行為は大変な冒険であると思うし、性的な感情から自由なわけがない。だから観客をドキっとさせるシーンで無いといけないし、スタッフには「この映画のセックスシーンの様な物だ」だと言いました。
けれど、いやらしいだけではダメで、ピアノのBGMでどこまで神々しい雰囲気を出せるか、官能的であり、尊いという表現をする為に工夫をしました。アニメーション全体の作画の枚数制限の中でも、このシーンには多くの枚数をかけてなめらかに見える様に作っています。
――その工夫や苦労があってこその美しいシーンの完成ですね。
新海:10代の男の子が観て女の人の足が好きになってしまうくらいの映画にしたいと思いました。この映画がきっかけで、その人のフェティズムにもし影響を与えられたら、自分達の仕事が彼の人生に刻み込まれるという事ですから(笑)。
――そんな、ごく繊細なシーンをさらに魅力的にする、タカオ役の入野自由さん、ユキノ役の花澤香菜さんの演技もとても素晴らしかったです。
新海:キャスティング会社にキャラクターのイメージを伝えてリストアップしてもらい、15人くらい声優さんや俳優さんの音声をまず聞かせてもらいました。タカオに関しては最初から入野自由さんのイメージがあって、前作も入野さんにお願いしていましたし、彼は上手いだけではなく役の飲み込みがすごくはやいんですね。必ずこちらが期待以上の演技をしてくれるので、すんなり決まりました。
難しかったのはユキノなのですが、ユキノは27歳ですから25歳以上の方でオーディションをしたいとお願いしていたんですけど、出てきた候補の中に当時23歳の花澤さんがいた。その理由を聞くと、花澤さんがご自身で手を挙げて下さったという事だったのですが、声を聞いたら、花澤さんが一番分からなかったんですよね。
――ピンとこなかった、のではなく分からなかった?
新海:この人は違う、とかこの人は合っているとか、他の方の声はすぐに判断できるのに、花澤さんだけ、すごく合っている瞬間があったり、可愛すぎて全然違うという瞬間があったり。その引っかかりが気になっているまま、花澤さんとお会いしてお話すると「ユキノというのはもしかして、今花澤さんが出している声の様な人なのかもしれない」と思いはじめて。
ユキノは27歳の女性ですが、人間って話している相手によって、少女の様な声が出る時もあれば、相手を突き放す様な大人な声が出てしまうことがありますよね。その、キャラ設定に沿いすぎない部分を、花澤さんは“素”で持っている感じがして、「一緒にキャラクターを組み立てていく様なお仕事をしてくださいませんか?」とお願いしました。
――私自身が女であるから特に、ユキノの感情のゆらぎには特にグっとさせられました。彼女のパウダーファンデーションが粉々に割れてため息をつくシーンなど、リアリティのある描写はどの様に生まれたのですか?
新海:『言の葉の庭』は、最初はタカオ視点でしか描かれていなかったんですね。ユキノはあくまでタカオから見たミステリアスな女性。それを最初にスタッフに見せたらユキノの評判が悪くて。「年下を惑わせてみえる」みたいな(笑)。それでも良いと僕は思っていたんだけど、キャラクターとして愛されないのはダメだと思い、タカオと同じくらい彼女の描写も厚くする事にしました。
そこで、落ち込んでいる女性にさらに追い討ちをかけるシチュエーションは何かと女性スタッフたちに聞いてみた所、ストッキングが伝線したり、ヒールがマンホールの穴にひっかかるという話が出てきて。もう少し他にないかと聞いていくうちに、女性スタッフが「今朝ファンデーションが割れちゃったんです。知ってましたか、割れるの?」と見せてくれて。そこで、ユキノが落ち込んでいる時にコンパクトを落としてしまって顔が歪む、というシーンが出来上がったわけです。
――新海監督の作品には全世界にファンがとても多く、何回も何回も同じ作品を鑑賞するコアファンが多いですが、ご自身の過去作品と比べて『言の葉の庭』で変化した部分はありますか?
新海:自分が好きな物や得意な物はどうしても作品に表れるし、興味の対象や問題意識は変わらない。
結果的に過去作と比べて違う毛色の作品になったなと思うのが、『言の葉の庭』のタカオは“他人を知ろうとする”話なんですよね。ユキノの事を知りたい、ユキノを助けたい、ユキノの靴を作りたいと。あえて、過去作品を分類するならば、『秒速』の貴樹は自分が初恋の思い出に照らし出されていたことに気付く話だったり、“自分を知る”話だったと思うんです。
――新海作品と言えば圧倒的な映像美という事で、本作も恐ろしいくらいの映像の美しさでした。雨ってこんなにキレイだったんだ、と気付かされる様な。
新海:雨が好きになる映画になって欲しいという想いがあったんですね。僕は家の中にいるときの雨は好きで、あと子供の時は雨で体育がつぶれたりすると嬉しいタイプだったり(笑)。でもこの映画を観て雨の美しさに気付いて欲しいと。
雨をモチーフの一つとした時に「雨だと背景が全部グレーになっちゃうんじゃないの?」という意見もあったのですが、そんな事は無いんですよね。梅雨時の雨は、一雨ごとに緑の色が濃くなっていく。その緑は雨の日だからこそ引き立って見えるし、車のヘッドライトはキラキラと光るし、太陽が出ている映画よりも鮮やかな、雨の日だからこそ見える美しさを描こうと思いました。“雨で鮮やか”という部分に一番神経を注いでいますね。
――具体的にどの様な工夫を凝らしたのでしょうか?
新海:例えばキャラクターの陰影。アニメーションは通常であれば、顔の陰影を明るい部分と暗い部分で表現します。それを『言の葉の庭』では明るい部分と、暗い部分と、緑が反射している部分で表現していて。輪郭線にも緑が反射している線を入れて、だから独特の絵になっていると思います。
――雨粒を映し出すカメラアングルも独特に感じました。
新海:基本的には『言の葉の庭』って実写置き換え可能な作品だと思っているんですね。現実の新宿を舞台にしていますし、実際ロケハンも繰り返しています。でも、カメラが置けないような場所のアングルも度々出しています。そういう時は、ロケハン出来ない所でも、頭の中に架空のカメラをかまえる。カメラは全体のリアリティを表現する為の装置で、そうすることで全体としてのまとまりが出てくる、これはこだわりというよりも僕の作品作りにおける原則かもしれません。
後、アニメーションは通常絵コンテを描きますが、今回は初めから「ビデオコンテ」を作っています。作品のイメージとなる場所を実際に撮影しながら歩いて、ビニール傘を開く音なども入れて。セリフも自分で吹き込んで、ユキノのパートは妻にお願いして(笑)。iPhoneで撮影したものはそのままDropboxに保存されていくので、とても便利なんですよね。
ここは音楽だけにしてセリフは消そうとか、効果音とセリフだけにしようとか、この段階で、自由に考察出来たのがこの作品の完成に大きく関わっています。ビデオコンテという手法は珍しいものではないですけど、ここまで細かくやるのはあまりないと思います。46分という作品の時間だからこそ出来た事ですね。
――46分という作品の時間に関してはどんなこだわりがあるのでしょうか。
新海:この物語を考えた時に必然的に46分になりました。映画としては短時間ですから、一番最初は劇場公開するとは考えていなくて、タブレットやスマートフォンで観て欲しいと思っていたんですね。映画のスクリーンで無くても、自分のスクリーンで楽しんで良いと。最近では下手すれば劇場のスクリーンよりも画質が良いタブレットやスマホもあるから、目に近い位置でみてもらってアニメーションの美しさと「この液晶ってこんなにキレイだったんだ」と液晶の美しさにも気付いて欲しいと。
電車の中でスマホをみたり、現代って皆さんの時間の使い方が分断されていますよね。その中で、2時間暗闇に座っていることを要求する映画って今となっては特殊なメディアです。僕も映画館は好きですけど、必ずしも「長ければ良い」ってことでは無い。密度が濃くて観終わった後に、映画1本分の満足感があるならば時間が短い方が観客にとってはプラスだと思うんです。ですから、映画館はもちろんの事、劇場公開日と同時にiTunesの配信もスタートするので、自分なりの方法で作品を楽しんでいただきたいです。
――どうもありがとうございました!
『言の葉の庭』公式サイトで予告編がご覧いただけます。http://www.kotonohanoniwa.jp/
公開日:5月31日 新緑の季節ロードショー
配給:東宝映像事業部
(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films