『繕い裁つ人』三島有紀子監督インタビュー「仕立て屋は人の内面と向き合う仕事」
「Kiss PLUS」(講談社)にて、好評連載中の『繕い裁つ人』(池辺葵)。「このマンガがすごい!」オンナ編ランクインを果たすなど話題の本作を中谷美紀さん主演で映画化した『繕い裁つ人』が1月31日より公開となります。
『繕い絶つ人』は祖母の志を受け継いで、その人だけの服、一生添い遂げられる洋服を作り続ける。そんな南洋裁店の店主・市江と、彼女の服を愛してやまない百貨店企画部の藤井を中心に様々な人間関係を描いた優しい物語。大泉洋&原田知世主演の映画『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』で女性を中心にファンの多い三島有紀子さんが監督を務めます。
今回は、三島監督に映画の見所から撮影裏話までをインタビュー。色々とお話を伺ってきました。
―『繕い裁つ人』なんといっても洋服、美術が素晴らしくてうっとりすると共に、市江を中心とした人々の描写を大変楽しく観させていただきました。監督は以前より仕立て屋のお話を作りたいと思っていたそうですが、きっかけはあるのでしょうか?
三島監督:私の父が神戸のテーラーでスーツをあつらえていまして。夏服、冬服を三着ずつにタキシードが一着という感じで、少しの枚数のみを長年大切に着ていたんですね。それで、私に職人さんの仕事の素晴らしさを語ってくれて。そんな父の話を小さい頃から聞いていたので、物作りをしている人に興味と尊敬の念を持っていたんです。
それでいつか仕立て屋の話を撮ってみたいなあ思って、自分でも洋裁店や仕立て屋さんを取材して、企画書を作って、断片的ではありますが脚本を書いて、色々な場所で提案していたんですね。でもなかなか上手くいかなくて。そんな時に原作の『繕い裁つ人』を読んで「これだ!」と運命的なものを感じました。
―原作を読んで一番惹かれた部分はどんな所ですか?
三島監督:この物語がどうだというよりも、市江さんのキャラクターに魅力を感じて。映画を作っている間、この人に寄り添いたい、この人の人生を旅したいと強烈に思ったのがきっかけですね。長い間仕立て屋の話は描きたいと思っていたのですが、原作に出会ったのは5年前なので、企画が動きはじめたのは5年前です。
―現在の邦画が作られるペースで考えると、5年という時間は長い様に感じられますね。
三島監督:そうかもしれません。でも、自分はどんな事を描きたいか、これは作るべき映画なのかという事としっかり向き合ってからでないと取りかかれないんです。不器用なんですね。特にこういった、大人に向けて作った作品にはなかなかお金が集まりづらいです。かといって洋服を扱った作品なので、超低予算で作るわけにもいかない。素敵な洋服を見せる為にちゃんとお金を集めて、となると企画が立ち上がるまでに時間がかかりますね。
―洋服がどれも素敵で、糸、ボタン、細かなところにもこだわりを感じました。
三島監督:市江さんが一着一着細かな所まで丁寧に洋服を作っているので、私も出来る限り丁寧に大切に映画を作って、ずっと長い時間愛してもらえたらなと思っています。
―洋裁店や仕立て屋さんがどの様に洋服を作るのか、ファストファッション等に親しい若い世代にはとても新鮮で新しくうつるのではないかなと思いました。
三島監督:洋服ってどんなに大量生産でも、どこかには必ず人の手が加わっているんですよね。機械が勝手にミシンをかけてくれるわけではないので。どんな物でもそれを作っている人がいる。その裏側を見たい、知りたいと思う事が少なくなっているかもしれないので、そういった意味では新鮮かもしれません。
―今回映画を作る上でどんな事を取材したり、どんなお話を聞いたのでしょうか?
三島監督:神戸の洋裁店や東京の職人さんを尋ねて色々と勉強させていただきました。その中で、一人の職人さんに「これまで今まで印象に残っている仕事は何ですか?」と聞いた時に「車いすの方のウェディングドレスを作った事です」というお話を聞いて。車いすに座った状態が一番美しいウェディングドレスを作れるのはオーダーメイドしかないと。それを聞いて、オーダーメイドということについて深く見つめたくなりました。その人それぞれの特徴にあった洋服を作る、というのが仕立て屋という仕事の本質であると思ったので、原作には無いエピソードですが映画に入れました。
―その人が一番美しく見える洋服を作る、仕立て屋って本当にすごいお仕事ですね。
三島監督:市江がすごいなと思うのが、ピッタリと合う洋服を作るだけでは無く、内面に向き合ってその人が一番大切にしているものや、どこに向かおうとしているのかをちゃんと汲み取って作るという所で。それが「生涯の一着」が出来上がるという所以だと思うんですね。職人として素晴らしい生き方だと思います。
でも市江も人間として完璧はわけでは無く、内に秘めたる本当の想いというのも抱えていて、小さくもがいたり葛藤したりしているんですけどね。それを藤井というキャラクターが投げかけた事で、心を開いていくという。自分もそうなんですけど、人間凝り固まっている部分って何かしらあると思うんですね。この映画を観てちょっと心が軽くなったり、自分のこだわりの不自由さから解き放たれて新しい一歩を出してもらえたら嬉しいなと。
―繊細なキャラクターだからこそ、演じるのにはとても苦労しそうです。
三島監督:中谷美紀さんだから演じられた役だと思いますね。流れる様な動作で道具を使って欲しいという思いがあったので、一ヶ月ほどの期間をかけてミシンを踏んで、裁ちバサミを使ってもらいました。中谷さんにはそんな動作の中で市江という人物がどんな人なのかを感じ取っていただいたのだと思います。
―市江役を中谷美紀さんにお願いした理由を教えていただけますか?
三島監督:原作を読んですぐに中谷美紀さんが思い浮かんだわけでは無いのですが、市江さんはどんな人なんだろう、どんな人生を歩んできたのだろうと考えて行くうちに、まずミシンを踏む姿が凛として美しい佇まいでなくてはいけないと。その人がそこに存在するだけで空気が澄んでいくような人…そしたら中谷美紀さんが浮かんで来ましたね。
市江も最初は完璧な職人に思えるのですが、実は洋裁の事以外は何もできなくて、自分の好きなチーズケーキを好きなだけ食べるという喜びを持っていて、という小さなほころびが出て来る所が本当に愛おしくて。中谷さんの様に完璧な方がそんなほころびを演じてくれたら市江の事がもっと深く愛おしく思えるのでは無いかと思って。なので、中谷美紀さんをどうほころばせるかをずっと考えて撮影していました。
―どうほころばせるか、それも難しそうですね。
三島監督:チーズケーキをホールごと食べるというのは台本には書いていなくて、撮影でいきなり出してみたのですが、そうすると中谷さんが「あ、ホールごとなんですね……」とちょっと戸惑って、ほころびが見えるという。予定調和だと完璧のままなので、ちょっとしたサプライズを用意する、そんな事をしながら撮影をしていました。
―なるほど、素の表情というか驚きが画面ににじみ出るわけですね。その他印象に残っているエピソードはありますか?
三島監督:市江が感極まるというシーンがありますが、私にとって市江というのは人前で涙を流さない人では無いのかなという考えがあって、「涙を流さないでください」というお願いをしました。揺れる車の中で「涙はためてください、でも流さないで」というのは本当に難しかったと思います。そのシーンが撮れた瞬間、私は鳥肌がたちました。
―そう考えると、職人をテーマにしたこの映画で主演を演じる中谷美紀さんご自身が職人と言えまるね。
三島監督:そうですね、中谷美紀さんご自身が完璧な職人ですね。
―また、本作、ロケ地から建物、雑貨に至るまでレトロな雰囲気がとっても素敵でした。監督ご自身のアイデアや意見が取り入れられている部分も多いのでしょうか?
三島監督:そうですね。私が方向性を話し、美術部が集めて来てくれたり、たまに自分で買ってきた雑貨を置いたりする事もあります。「神は細部に宿る」という言葉がありますが、細部にこそ物語の大切な要素があると思っていて。部屋や店に置いてあるもの、身につけているもので「この人はどうしてこの物を選んだのか」という所にキャラクターの哲学が現れてくると思うんです。
神戸って異国情緒にあふれている街なので、可愛い雑貨屋さんも多いですし、教会の音が鳴るシーンでも、世界観を作り込んでいるわけでは無くて、実際にそうした空間が広がっているんですね。神戸の街自体が非日常を演出しているんでしょうね。「南洋裁店」のロケ地となった古い洋館は、特にこだわって探して探しぬいた場所なので、ぜひそんなロケーションや美術にも注目して映画を楽しんでいただければなと思います。
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『繕い裁つ人』
監督:三島有紀子『しあわせのパン』『ぶどうのなみだ』
主演:中谷美紀
三浦貴大 片桐はいり 黒木華 杉咲花 中尾ミエ 伊武雅刀 余貴美子
(C)2014「繕い裁つ人」製作委員会