秘密の地下室へようこそ。銀座「Cafe & Bar 十誡」で奇書珍書に溺れる
ゴシックな様式美で統一された秘密の図書館
歴史ある名店が立ち並ぶ東京・銀座。そのせいかハイソな中高年が多く、客単価も比較的高めなイメージをお持ちの方も少なくないだろう。
そんな街に2015年末、異色のカルチャースポットが出現した。昼はカフェ、夜はバー営業を行ういわゆる「飲食店」なのだが、一歩足を踏み入れると銀座の喧噪から見事に遮断された別世界。インテリアやメニュー、さらに蔵書にまで見事に雰囲気が統一されたコンセプチュアルバーなのだ。
その名も「十誡」。そう、モーゼでおなじみの十誡だ。
では、まいる。
店は地下鉄の銀座駅から歩いてわずか3分程度。歴史的建造物として名高く、島崎藤村や金子光晴などを輩出した泰明小学校と同じブロックのビルの地下に入っている。
入口からして、中世を思い浮かべる重厚な外装。この扉によって入店を選ばれているかのような、試されている空気感に若干緊張してしまう。
思い切って金属製のノブを引くと、扉の奥には異世界が。背筋がおもわず伸びるっ。
「十誡」の店内に到着。シャンデリア、書庫、バーカウンター、すべてにこだわった隙のない統一感である。中世ヨーロッパを彷彿とさせるゴシックでゴージャス、そしてダークな雰囲気に息を飲む。
ここは「お酒を楽しみながらアートにふれあう」というコンセプトバー。アートからインスパイアを受けたカクテルで舌を潤しながら貴重な書物を沈読できる、まさにハイグレードで趣味性の高い空間なのだ。
アンティークソファで貴重本を読みふける至福の時間
本棚にずらりと並ぶ書籍は全部で約1500冊。ジャンルは、洋書、画集、写真集、文学全集、さらには魔術系、オカルト、サブカルチャー系のものにまで及ぶ。
書棚に入りきらない本の入れ替えもあり、一度来ただけでは全貌を掴みきれないほどの奥深さ。まさに秘密の図書館だ。持って帰りたくなる本ばかりで、目のやり場に困ってしまう……。
書棚は、書店に並んでいる新刊はほぼなく、絶版本などの手に入らない貴重な逸品ばかり。そのため書籍の保護や管理のためにチャージを設けているのもうなづける話だ。
ほんのちょっと書棚を覗いてみよう。
奇譚好きにはおなじみの作品もあれば……
日本画の画集も。
洋書のファッション写真集やアート本もぎっしり。
欲しかったけれど読めなかったあの写真集や、立ち読みができない大判の画集を、安定感のあるアンティークソファーに身を沈めながら熟読できる。これを贅沢なひとときと呼ばずしてなんと表現すればよいのだろう。
選曲や音響にも感じる独特のこだわり
こだわりが貫かれているのは、視覚だけにあらず。店内BGMは、クラシックからロックまで幅広く、取材したときは店のオーナーがファンだというフランク・ザッパのフリーキーな名曲が耳を楽しませてくれた。
また、CDだけでなくアナログレコードもプレイされ、アンプはこだわりのマッキントッシュ社製。スピーカーは英国のメーカー、タンノイ社製。聴覚にもこだわりが伝わってくる。
コルセットを身にまとった気品ある女性スタッフが、一言一言丁寧に店について解説をしてくれた。
銀座という土地は、食や文芸で特別な意識を持っている人が多いんです。「いいものは銀座にある」という話をよく聞くように、洗練されたモノが自然と集まる地域性もあって。おしゃれをして銀座に繰り出す、その独特な空気感に吸い寄せられ、たまたまお店にいらっしゃる方もいます。
客層の多くは、アートや書籍から興味を持った若い人が、店発信のツイッターを読んで来店するという。夜はカクテルが飲めるので、一人で来る女性から、30〜50代の男性も足を運ぶのだとか。静かな店内なので、昼はサラリーマンがビジネスの話をすることも。
趣味が近いからなんとなく本棚でしゃべって知り合ったり、カウンターに座った隣同士がお酒を介して親しくなったり……なんていうのもよくある話だそう。一度来て肌にあった人は友達を連れてくることも多々。
ここで彼女に数ある書籍からオススメの本をセレクトしていただいた。
左から順に、ページを捲るたびにイラストが飛び出る、しかけ絵本『ふしぎのくにのアリス』。ロシアのバレエダンサーの写真集、NIJINSKY『PRELUDE A L’ APRES-MIDI D’UNFAUNE』。伝説のロックミュージシャン、フランク・ザッパの箱本、八木康夫『ZAPPA VOX』。
検索すると、どれも一冊ができるまでの奇跡的な背景が分かり、高値が付いている。この他にも十誡のtwitterアカウントで毎日のように蔵書の書評がつぶやかれているので、フォローすることで探していた一冊に出会えるかもしれない。
オーダーの際は、各テーブルに置かれた呼び鈴を鳴らす。涼しい音色でのやりとりは、粋なコミュニケーションだ。
「オーナーがアート好きで、アートや文学、音楽、カルチャー全般を発信できる場所を作りたい」という想いから始まったこの店は、2015年11月25日にオープン。ちょうどその日は三島由紀夫が切腹した日と偶然重なってしまったというから、なんと数奇な運命を持った店だろうか。
店内の内装はオリジナルで、スタッフ全員でアイデアを出し合い、各々が好きな要素を持ち寄っている。
……にしては統一感、ありすぎ!!
理科の実験!? 煙の中から妖艶なカクテルが……
おっと、雰囲気に飲まれて店内の話が続いてしまったが、ここからは『メシ通』としてメニューの紹介を。この店でなければ楽しめないメニューは、文学や芸術からインスパイアされたドリンク&おつまみ。独創性にあふれる一杯をバーテンダーに腕をふるってもらった。
いただいたのがこれ。ルイス・キャロルの著書『不思議の国のアリス』をイメージした「いちごとローズマリーのアロマティックカクテル」(2,000円)。
アリスが森のなかを抜けていくような雰囲気をイメージし、シナモンを切り株、ローズマリーを森の木々に見立ててたというこのチョコプレートは、神秘的で限りなく乙女チックだ。
ローズマリーでグラスに香りを付けて、いちごの甘ざっぱりとしつつもドロッとした食感が濃厚でフルーティ。今後はこういったテーマのあるカクテルを毎月一品創っていくそうだ。
さらにもう一杯、オーダーしてみた。と、バーメニューに力を入れているこの店ならではの特殊な器具が登場。
こんなの見たことない!!!
実はこのスローイングという作業によって、液体が多少揮発してまろやかな口当たりに。あたかも理科の実験やマジックのような所作も、この店で行うと自然に見えてしまうのだから不思議だ。
ちなみに、こういったヨーロッパからの流れを経た新しいタイプのカクテル、いわゆる「ミクソロジー」を取り込んでいる店が東京でもジワジワ流行りつつあるという。
煙の中から出てきたのは「スモーキーロブロイ」というカクテル(1,500円)。
グラスを口に運ぶと、グラス自体が燻されて樹木の香りを放ってくる。よく度数の高いアルコールを口に含むと鼻に抜ける感じがキツイが、こちらは上品な高揚感。この鼻と喉で嗜む個性的な風味は、質の良い葉巻のようでもある。場の雰囲気にも酔わされて、思わず足元がふらつくほどに。
この他にも、燻製で香り付けされたメープルシロップを垂らしたパンケーキや、フレッシュフルーツから作ったカシスオレンジなど、他では味わうことのできない手間の掛かったメニューが取り揃えてあり、デートで相手を驚かせるには十分のメニューといってもいい。
こちら十誡のテーマとなるこの絵画は、銅版画家の林由紀子氏によるオリジナルだ。
この「十誡」、今後は作家の命日や生誕を記念するカクテルを増やしたり、人形作家のワークショップや演奏会など、さまざまなイベントが開催できるようにしていくとのこと。この薄暗い地下室に足を運ぶたび、濃密なカルチャー体験ができるはずだ。出来立ての秘密のコミュニティに足を踏み入れるのなら、お早めに……。
撮影:守屋貴章
お店情報
Cafe & Bar 十誡
住所:東京都中央区銀座5-1-8 銀座MSビル地下2階
電話番号:03-6264-5775
営業時間:カフェタイム15:00~18:00、バータイム18:00~23:30
定休日:日曜、祝日
ウェブサイト:http://www.zikkai.com/
書いた人:
高岡謙太郎
オンラインや雑誌で音楽・カルチャー関連の記事を執筆。共著に『Designing Tumblr』『ダブステップ・ディスクガイド』『ベース・ミュージック ディスクガイド』など。