映画『溺れるナイフ』原作者・ジョージ朝倉先生インタビュー「山戸監督の熱量にかけた」
一生ぶん、恋をした。人気漫画家ジョージ朝倉による同名コミックを26歳の新鋭女性監督・山戸結希が映画化した『溺れるナイフ』。先週末より公開となり、女性を中心に連日多くの人が劇場に訪れています。
【ストーリー】
東京で雑誌モデルをしていた少女・夏芽は、父親の故郷である田舎町・浮雲町に引っ越すことに。慣れない田舎での生活にがっかりする夏芽だったが、地元一帯を取り仕切る神主一族の跡取り息子コウと出会い、彼の持つ不思議な魅力に心を奪われる。そしてコウもまた、この町では異質な夏芽の美しさに次第に惹かれていくが……。
本作はもちろん、『ピース・オブ・ケイク』『恋文日和』『ハートを打ちのめせ』等、数々の傑作(大傑作)を世に送り出してきたジョージ朝倉先生は本作をどう観たのか? インタビューにて色々とお話を伺ってきました。
―まずは映画をご覧になった率直な感想、印象的なシーンを教えていただけますでしょうか?
ジョージ朝倉:夏芽役の(小松)菜奈ちゃんが、菅田君(コウ)といる時と重岡君(大友)といる時で表情が全く違う所がすごく印象的でした。
―先生は『溺れるナイフ』映画化のオファーを、すぐに承諾されたのですか?
ジョージ朝倉:最初は無いかな、と思っていたのですが山戸結希監督が直接お手紙をくださって、監督の「この漫画を映画化したい」という強い想いが伝わってきて、おや、とまず心が動きました。監督が若干26歳(当時)の鬼才、しかも商業デビュー作という事で、言い方は悪いですが、この原作をもう一花咲かせられるのではないかと思いました。私はこれまで「溺れるナイフ」の映像化を断り続けていて、でもそのままだと新たに読んでいただける機会が無いですよね。映画化のお話をいただいた時点で、主演のお2人も候補に入っていて、良いなと思ったのと、監督がそんなに原作を愛してくれているのなら、と、OKしました。
―監督は「溺れるナイフ」を「一番好きなコミック」とおっしゃっていますね。
ジョージ朝倉:そうおっしゃってくださって、本当に有り難いです。
―これまで映像化をOKしなかった事について、一番ネックになっていた部分は何ですか?
ジョージ朝倉:単純に17巻ある原作コミックを2時間ほどの映画にするのってどうなのだろう? というのと、漫画でしか出来ない表現をやりたいと思って描いていたし、なによりこの作品を好きだと思ってくれた読者の方を裏切るような映画になってしまったら悲しい。幸いにも私の作品を今まで撮ってくださった監督方は原作の意図を汲んで取り組もうとしてくださり、こちらから「もっと映画として面白いように変えてくださって結構ですよ!」と言うくらいでしたが、「なんかプロデューサーに言われたんで少女漫画読んで映画化しました、仕事なんで。大人なんで。」みたいなカタチで撮られる可能性も少なからずあったわけで、そんな意味でも山戸監督のアプローチは貴重でした。山戸監督にかけてみよう!と思った次第です。
―私も山戸監督の『5つ数えれば君の夢』等を拝見して、少女の痛いほどの自意識や葛藤の描き方がとても素敵だなと思い、そしてその監督らしさが『溺れるナイフ』にも出ているなと感じました。
ジョージ朝倉:若い監督だからこその、ベテランで力のある監督には撮れないものを撮る事が出来ると思いましたし、熱量がすごく高くて、それが原作の夏芽の自意識の高さとも上手くマッチしていて、良かったと思います。
―プレス資料(※)の中で、先生が「昔の日本映画の様だった」と表現されているのも印象的でした。(※:マスコミ・関係者むけ試写会の際に配られるパンフレットの様な資料)
ジョージ朝倉:久しぶりにこういう映画を観た、と思ったんですよね。映画の粗さと熱量って比例している部分もあって、監督がもっと上手くなってしまったら、この熱量は違うものになってしまうのかな、と。それはそれで観てみたいんですけどね。でも、今この時にしか撮れない『溺れるナイフ』を観る事が出来たので。
―先生はよく映画をご覧になるのですか?
ジョージ朝倉:最近はほとんど観れてないですね……。ただ、昔の日本映画が好きで、よく観ていた時期がありました。なので、先ほど「久しぶりにこういう映画を観た」と言いましたが、映画関係者のおじさん達が観ても「わ!」と思うんじゃないかな、と。若い女性がこの作品を観て心がかき乱されるのももちろんなのですが、もしかして、何かを諦めかけている、忘れてしまったおじさんが観ても心がかき乱れるんじゃないかと(笑)。私はその、おじさん側なんですけどね。
―意外とおじさん達に刺さる……非常にあり得ると思います。後は、重岡大毅演じる大友に共感しまくる男性もいるのかな、と観ながら思っていました。「俺の方が幸せに出来るのに」と思いつつも結ばれない感じというか……。
ジョージ朝倉:でも男の人ってそういうの好きでしょ(笑)。「俺の方が……」って思いながら自分に浸るみたいな(笑)。重岡君に関しては、勉強不足で申し訳無いのですが存じ上げなくて。でも山戸監督が良いと言うのだから、と思って完成した映画を観たら、すごく良かったです!ファンになりました。撮影現場のスタッフさん達に、重岡君が現場に入ると太陽が照らす様に明るくなったと聞きました。後は、ロケをした高校の学生達とも普通にご飯を食べていたらしく、どれだけ気さくなんだ!と(笑)。
―主演のお2人も含め、キャスティングは先生のイメージとはバッチリ合っていたのでしょうか?
ジョージ朝倉:もう菜奈ちゃんも菅田君も素晴らしくて。2人とも皆さんご存知のとおりとても美しいので映像もそのまま美しく……。と、いいますか、映画化をOKした時点で「絶対に原作のイメージどおりにしてくれ!」とは思っていませんでしたし。映画は映画の表現に適した形に落とし込んでほしい、それが観たい、と思っています。
―ジョージ朝倉先生の描く男子って、どれもとても魅力的で、私の周りにも好き過ぎて「クー!」となっている女子が多いです。特に『溺れるナイフ』のコウちゃんは代表格だと思うのですが、この魅力的なキャラクターが生まれた背景にはどんな事があるのでしょうか?
ジョージ朝倉:『溺れるナイフ』は、これまで描いた事が無かった“普通じゃない男女”を描こうと思いました。特技とかが無いのに特別な存在感がある、カリスマ性がある人物というのはどんな人だろうとよくよく考えて。コウちゃんは、中上健次さんの小説のキャラクターにアイデアをいだたいている所が大きいですね。中上さん原作の映画にも影響を受けて。後は少女漫画なので、中上さんの描く男性はとてもギラギラしているので、そこをちょっと爽やかにして……個人的にはギラギラの方が好きですが……(笑)。コウちゃんももちろん、これまで描いてきたキャラクターには強い愛着がありますし、不誠実にならない様にしなくてはと心がけています。
―またこの映画で先生の作品を読んだ若い女子が「クーッ!」となること必至かな、と。青春時代に悶えていた私としてはそこも楽しみです(笑)。
ジョージ朝倉:これはもう仕方がないのは理解しているのですが、この『溺れるナイフ』のポスターやイメージって、少なくとも原作とはほど遠くて…。でも、こうして映画にしてくださった意義を考えた時に、若い女子がキラキラした恋愛映画だと思って観て、「なんじゃこりゃー!?」「ちょ、原作読も」「そんでもう一回観てみよう…」となってくれたら許せるかな、と(笑)。そして、大人の皆さんも大丈夫です! 多分! 私も実際に映画を観てものすごいパワー、エネルギーを感じて興奮しましたから。そしておじさんも、きっと楽しめます! 多分!!
―私も三十路を超えた女として、オススメしていきたいと思っております。今日は貴重なお時間いただきましてどうもありがとうございました!
(C)ジョージ朝倉/講談社 (C)2016「溺れるナイフ」製作委員会