【コラム】やさぐれOLが如何にしてTranceを愛するようになったか[PandoraのTokyo Serendipity]
【編集部より】
国内外のイベントで活動中のDJ/トラックメイカー・Pandora a.k.a.まゆりんちさんのコラム「Tokyo Serendipity」。今回はご自身がTrance(トランス)というダンスミュージックに一ジャンルにハマっていくことになったプロセスについて。もともと大嫌いだったというまゆりんちさんがトランスを好きになるきっかけのひとつが、ブライアン・アダムスの「Heaven」のリミックスだったとのこと。さらに、その後のDJ活動やレーベルからのデビューについても振り返って頂きました。
こんにちは。寒い日がちらほらでてきましたが、皆さん体調壊されていませんか?
今回は自己紹介がてら、私とTranceについて、そして「なぜ音楽活動をやっているか?」ということについて、お話したいと思います。
私がTranceのアーティストとして生きていきたいと思う理由。そのひとつが、とにかく「Tranceが大好き」だということ。
でも、最初から好きだったわけではないんです。
もともとは大嫌いでした。うるさいし、チャラいし、はっきりいって超嫌いでした。
しかし、当時好きだった人が「トランスもずっと聴いてると好きになるよ」という一言がきっかけとなり、聴くように……。好きな人との共通の話題を増やしたい。そんな不純な動機から始まりました。
最初はその良さがわかるのか不安でしたが、80年代の知っている曲のRemixを聴いて、「かっこいいな」と思うようになり、気がつくとディープなジャパニーズトランスの虜となっていました。そのきっかけとなった曲のうちの一つがBryan Adams「Heaven」のDJ Sammy Remix。女性ボーカルの原曲をかなりテンポアップにして、グルーヴ感があるリミックスとなっています。
乗り回していた、ピンクのイルミとウーファーを積んだハイラックスサーフでTranceを聴く。Tranceの楽しみ方の一つを覚えた瞬間でした。
DJ SAMMY – HEAVEN [OFFICIAL MUSIC] – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=SkrfGsBJsME [リンク]
そこから、DJをやるようになったのは、当時、自分の家から3分くらいのところにあったAICD PANDA CAFE(アシパン)というDJ BARで開かれていた、DJをやったことがない人が現役DJの講習をその場でうけて、自分が持ってきたCDでDJをするというイベント「ファーストミッション」がきっかけでした。
それまでDJが何をしているかも知らなかったし、その時点でクラブも数回しかいったことない程度。
しかしそのイベント以降、アシパンに足しげく通い、DJの練習を重ねていくうちに、運よくアシパンでトランスのイベントをやろうと思っていたお客様に出会い、その方のイベントに出演させて頂くことになりました。
その当時は仕事やプライベートで色々とあり、「趣味:DJ」の域を出ることがなく、DJ活動は数回程度で終わりました。
打ち込みもかじったものの、DJと同様に「かじった」程度で終わりました。
そこから2年のブランクがあり、本格的に始動することになったのが2008年。
体調を壊し、仕事も辞め、ゲーム三昧の毎日にちょうどいいタイミングで、DJ活動を辞めている間もお声掛け頂いていた、「GI SPLASH」というイベントのお誘いを頂きました。
2年のブランクと、アシパンでしかプレイしたことがない不安がありましたが、「やっぱりTranceが好き!」「20代後半でゲームばっかりの毎日から脱出しよう!」と決めて、機材を買い、再びDJとして舞台に立つ決心をしました。
そこから1年間は以前と同様、「趣味:DJ」として活動するのみでした。
自分が関わらせて頂いた、いや、荒んだ毎日から救ってくれた「GI SPLASH」を盛り上げるべく、色んなイベントに顔を出し、がむしゃらにクラブカルチャーに関わろうとしていたのがこの時期。
2009年はより一歩、音楽との距離が縮まりました。
私がアシパンで主催していたイベント『アパグラ!』に出演して頂いたNISHさんとのご縁で、Hardroidという名義で楽曲制作を始めたからです。Nishさんのレーベル『Harderground Recordings』より、デビュー作「Sparkling Starlight」をリリースさせて頂きました。
この頃から、ブームが去り、CDのリリースもなくなったJapanese Epic Trance以外にHard Tranceを聴くようになりました。
さらにHard Tranceよりも、現在の私の基本スタイルとなっているUplifting Tranceというジャンルに恋をし、スタイルを変えました。
エッジの効いたイントロに、壮大なブレイク、泣きのメロディーというドラマティックな展開に心底惚れてしまったのです。
それを受け、2010年にPandoraという女性的な名義をメインにし、本格的にTranceと関わり合いを持つようになりました。
初めての海外デビュー作となる「Over The Rainbow」をドイツのトランスレーベル『Redux Recordings』よりリリース。この楽曲は『Redux』として記念すべき50番目のリリース作品に選ばれ、さまざまなコンピレーションアルバムに収録されました。
Pandora – Over The Rainbow – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ms3mAyn32Gk [リンク]
Japanese Epic Tranceだけでは見えていなかった世界が見えてきて、心躍る毎日。
周りの人に助けられながら、海外のリリースもでき、子供の頃からの夢だった「色んな国の人と関わる仕事をしたい」ということに近づけるかも、と希望を持ち始めました。
(続く)