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Nov 22 2017

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自虐について(犬山紙子のイラストエッセイ)

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私は最近よくモテ非モテについて語ってるような気がします。
で、ちょっと感じていることがあるので、それをつらつらと書こうかと思います。

最近、非モテはモテる女に何言ってもよいというような流れを少し感じます。
事の発端は、自虐からだと思うんですね。

自分がモテないことを自虐する
するとプロレスでモテる女性をやり玉に挙げてちょっとディスる

この流れは非常にかわいらしいと思うんですね。
ちょっとディスる裏側には
「あなたたちのこと羨ましいと思ってますよ」
という意図が文脈としてあって、ディスりながらも自分を下げて相手を上げる行為をしているわけです。

これは、私もよくしたりします。
彼氏が長いこといない寂しさがつのったりすると、カップルめー! みたいなつぶやきになるわけです。
ただ、本気でカップル滅亡しろだなんて思ってないし、むしろ自分もああなれたらいいなあ、くらいに思ってるわけです。

まれに自虐を真に捉えて、そんなん言ってるからモテないんだよ!
みたいな意見を聞きますが、ちゃんとモテない発言として認識しつつ楽しいから言ってるわけで、そう言われても効果はないのです。

それにしてもなんなんでしょうね、自虐のあの楽しさって。
私は、強い共通のトピックスだからなのかなあと思うんですよ。

例えば、モンハンが流行るとするじゃないですか。
その時はみんな「モンハン」を介するとなんでも楽しくなっちゃうんですよね。
えーと、女性の読者の方にはモンハンはあまりいい例えじゃない気がするので言い直します。

中学時代に、好きな男子をカミングアウトした同士の親友と、好きな男子の話をするとしましょう。
毎日毎日休み時間や放課後、電話で夢中になって話すんですよね。
楽しいんですよ。
好きな男子のことを考えるのももちろん楽しいけど、自分と親友で深く関心のある共通の話題で盛り上がること自体が楽しいんです。

今出した例えは非常にポジティブなたとえですが、ネガティブであるはずの自虐もそれに同じ。
「あれ? 彼氏がずっといないんだけど?」等という自虐は、女性にとって強いトピックスで共感して盛り上がれる一つのハードなんですよね。

もちろん、状況は辛いんですよ。
真剣に悩んだり、不安になったりしてるんです。
でも、それを同じ境遇の友達と分かち合うと、その瞬間は楽しい気持ちになる。
みんな同じぐらいよく考えてることを話し合えるっていうのはアドレナリンもでるしストレスも解消されますから。

ノロケも、彼氏の愚痴も、彼氏のいない寂しさも、女性にとって大きなトピックスだから同じ境遇同士で集まると盛り上がるし楽しいのです。
だから私は自虐は大賛成なんですね。
辛い状況を楽しんでやるという気概も感じますし。

昔は同じ境遇の人がいなくて、誰にも言えない! もう死にたい! という人も多かったと思うのですが
今はツイッターなんかで同じ境遇の人と自然に仲良くなったりできますからね、だいぶ自虐側の人間が生きやすい世の中になったと思います。

あと、もう一つ、自虐特有の楽しさはここ何年かの新しい楽しみ方だからだとも思います。
自虐は昔からあったとは思いますが、最近になって自虐芸というのがわっと広まりましたからね。
新しい玩具は新鮮で楽しい物です。

が、もう自虐はだいぶ飽和状態になってきたんじゃないでしょうか。
あからさまに流行してますよね。
結構な割合で人のブログや記事を読むと自虐のくだりが出てきますし。(私含め)
何せ自虐モテっていうモテ方が出てくるぐらい。(わからない人は『邪道モテ!』読んでね)
(だから、自虐は大賛成だけど、かなり高度な自虐じゃないと人が見て「おもしろい」と感じるものではなくなったとも思います。昔はリア充爆発しろ! でみんな笑ってたけど、今はそれじゃあ誰も笑わない)

昔は、と考えると、ボディコンのオネーチャンが今みたいに自虐しまくってたとは考えにくいんですよ。
自分のお父さんお母さんも、そりゃ年をとって私はおばさんだからとか言うことはあるけど、「ほんとモテなくて」とか言ってるところはなかなか想像できない。
だからやっぱり、自虐は流行ったという認識です。

これはさっき書いた2ちゃんねるやtwitterの影響がかなり大きいと思います。
みんなが気軽に自虐できる場があって、どんどんつながれる。
感染力もすごいので、自分がフォローしてる人の中に自虐する人がいたら、何人かは自分も自虐するようになる。
こうなると自虐の戦国時代ですよ。
いかに自分がひどいか競い合う。
ぶっちゃけると私も最初それに踊らされてました。

「彼氏がいなくて寂しい」はマジの本心ですが、「モテなさすぎてしんどい!」はここ何年か告白されてないよなあ、って気持ちが少し誇張されてたかもしれないんですね。

なので、ここ最近モテないとかは書かないようにしてるわけですが、そんなの私の決めたルールなだけで、
最初にモテないモテない言ってたら、読んでる人はそのイメージしかつきませんからね。

だから、犬山は自虐ぶって人から共感を得ようとしてんだろ! って思われたりするわけですが、もうこれは私が悪いとしか言いようがない。
まあ、でもマジでここ数年誰にも告白されてないけどね!

自分ちのシャワーがぶっ壊れたとき、男友達に助けを求めたら、全員が全員「そんなもん水道屋呼べ」って反応だったけどね!!
(当たり前っちゃ当たり前の反応だけど、モテるんだったら男くるでしょ!!)
最後の恋愛もふられてますしね!
だから、モテなくて辛いじゃなくて、モテなくなって辛い、これが本音のところです。
過去、別にすごくモテたわけじゃないけど、一応彼氏がいたことがありますからね。

どっちもおんなじようなもんと思うかもしれないけど、これは本当に昔からモテなくて悩んでる人には胸クソ悪くなるぐらいの違いになったりするわけです。
ですのでここはしっかりブログにも書かなきゃと思ったのです。

さて、前置きが非常に長くなりましたが、流行しちゃった自虐によって、プロレスだったリア充(正直もうこの言葉もあまり使いたくないのだけど)批判が、当たり前のものになってしまい、少し“悪口”が正当化されつつあると思うんですね。

めちゃくちゃ当たり前のことを書きますが、相手が傷つかないことを見越してのプロレスとしての悪口と本心からの悪口は全く違うもの。
「羨ましいなあ」と「嫉妬心」は似て非なるもの。
嫉妬心も悪口も相手を傷つけようという心が働きますから。

私の好きな自虐をする人たちは人を蹴落とそうという気持ちを感じないので、すがすがしくディスを見れるわけですが、ただの嫉妬やひがみのディスは見てて悲しくなるのです。

あの子は結婚して幸せそうだから、何言っても大丈夫でしょ。
あの子は彼氏いないかもしれないけど美人だから平気でしょ、辛いとか言わないで。
など、昔は声に出して言わなかったことをポンポン発言するようになっている気配がするのです。

上の例に特化すると、なんで男がいたり美人だったりすると、その人の辛さまでチャラになるのか。
モテる女でも、好きな男にふられたら、モテ非モテ関係なく同じぐらい辛いはずですよ。
「すぐ次ができるでしょ」
はちょっと違うんですよ。

好きな男に振られるって、その男じゃないと嫌なわけだから。
失恋の傷は人によって違うし相手によっても違うけど、そこに美人、不美人は関係ない。
不美人は、この男を逃したらもう次がないかもしれないって言う恐怖があるんだよ!
っていうのも良く聞きます。

でも、好きな男に振られた時って、その男のことしか考えられないから、美人だって一生一人ぼっちかもとか、結婚はあきらめるか、とか彼の子供だけでも生んでシングルマザーになりたい、とかそういうこと考えている人たちは沢山いるのです。
(負け美女たちをしっかり見ての発言です)
要するに真剣に恋愛をしているわけです。

失恋という例えを使いましたが、他も一緒です。
人間、それぞれ必ず悩みを抱えているものです。
女子アナだって死にたくなるぐらい辛いことはあるんですよね。

その悩みに優劣をつけるなんて、幸せに優劣をつけるのと一緒ぐらい野暮なんです。
私も冗談で、カップルの悩みに「はいはい、ノロケノロケ」とか言うけど、これは本心ではないですからね。

誰もが辛いし、誰もが楽しい。
そんな感じでのん気にやっていきたいなあと思っているのでありました。

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